男性ハイフンの役得~7年前の番協でKAT-TUNと会話した内容~
KAT-TUNについてはCDデビューしたときからのファンですが、初めて生で見たのは、少しあとのことです。
ファンクラブに入ったのは、社会人になるのを控えた09年でした。惑星魂に間に合うという時期で、同じころ、日テレで放送していた『カートゥンKAT-TUN』の番協募集もあり、せっかくなので応募してみました。
すると、運よく当選。後述しますが、しかも最前列というご褒美つきでした(ちなみに、惑星魂は前から2列目でした。運をここで使い切ったのではないかと、よく悩んだものです)。
もう7年も前の話なので、あやふやなところもありますが、思い出せることを書いてみます。
当日は雲一つない快晴。まあ、スタジオ内での収録ですから天気は関係ないですが、それでも気持ちがより晴れやかになりました。まさか、初めてのKAT-TUNがライブではなく番協とは想像もしなかったので、かなり緊張していたのを覚えています。
というのも、ライブであれば何万人という単位で、そこに男性が多少いたところで目立つことはないのですが、番協であれば多くても百人いるかどうかのレベル。
「きっと、男性は自分だけだろうな」って思いつつ、集合場所に行ってみると、案の定、男性は自分のみ。
列の最後尾に並ぶと、少しして後ろに女性が一人来られました。その女性に「並ぶのはここでいいんですか?」と聞かれ、自分は首をややかしげつつ「たぶんいいと思います」と回答。
今度はその女性が首をかしげて、なんだか不思議そうに視線を送ってきました。きっと、自分のことをスタッフだと思って、なんであいまいなことを言うのかと訝しんだのでしょう。まあ、気持ちはわからなくないです。
今でこそ、KAT-TUNのライブで男性ハイフンの姿を見かけるのは当たり前みたいになりましたが、7年前は正直、全然いなかったように思います。ライブ会場でも、明らかに自分の意思で来ていない、親や彼女や友だちに連れてこられた感のある人ばかりでしたから。個人的には、ライブだと『CHAIN』あたりからは増えてきたかなという印象です。
列が50人くらいになったところで、ジャニーズ事務所のスタッフらしき女性から「2列になって、後ろについてきてください」との指示。幾多のイケメンたちがひしめく事務所のスタッフだけあって、言動ともにキビキビとしていて、この人についていけば大丈夫だという安心感を覚えました。
やや広い廊下をしばらく歩くと、テレビで見たままのおなじみのセットが目に飛び込んできました。と、ここでスタジオ内に入る前に、件の女性スタッフからこっそり話しかけられました。
「あの、背がお高いので、もしかしたら少し後ろに座っていただくかもしれません」
「はい、全然大丈夫です」(ちなみに自分は身長178センチです)
スタジオにはパイプいすが10個×5列ほど。自分はその最前列のほぼ真ん中あたりで、結局、席の移動はなくて済みました。
収録が始まる前に、番組スタッフから注意事項のお知らせと、なぜか「まだ時間があるので、メンバーのモノマネしますねー」と、急に一芸を披露し始めるという驚きの展開に。はっきりとお題は覚えていないのですが、中丸さんのモノマネばかりしていたと思います。真似しやすい人なのかな?
そんなお楽しみ時間を挟んで、いよいよ収録スタート。扉からさっそうと登場した6人は、まぶしいくらいに『芸能人オーラ』たっぷりで、これが選ばれし人たちなのだと実感させられます。特に、田口さんの顔の整いっぷりは、同性として同じ人間であることを疑いたくなるレベルでした。
あと、印象に残っているのは収録時の赤西さん。ずっと帽子を目深にかぶって、足を組んでニコリともせずVTRを眺める。当時は「いかにも赤西さんだなぁ」なんて軽くとらえていたのですが、今になって思えば、すでに心ここにあらずだったのかななんて思います。まあ、どれも過ぎた話ですけど。
ちなみに、この日は『中丸さんがプールの飛び込み台にチャレンジする』という回でした。惑星魂でバンジーをやっていたころですね。
オープニングトークを軽快に終えると、いったん、カメラがストップして映像等の準備に入ります。そこで、いきなり亀梨さんに話しかけられました。以下、そのときの様子。
亀梨「あ、男性がいる」(そう言って、自分を見る)
亀梨「これと来たの?(小指を上げて、彼女を表すジェスチャー)」←すごくいたずらっぽい笑みを浮かべていました。
自分「・・・(無言で首を横に振る。いきなりすぎて、緊張で声が出ない)」
亀梨「嘘だぁ~、本当はこれと来たんでしょ?」
田中「そうなんでしょ?」
自分「いえ、本当に一人です」
亀梨「へぇ~、そうなんだ・・・」←首を上下させて、少し驚きつつも納得したという感じ。
突然の会話を挟んで、再び収録は再開。中盤で『中丸がプールの飛び込み台で、どの高さまで飛べるか?』ということで、観客にアンケートを取る場面がありました。亀梨さんが「10メートルだと思う人」みたいな感じで聞いて、そう思う観客は手を挙げるという流れです。
ここで、自分にとって一生忘れられない出来事が起きました。一通り、観客のアンケートを終えたところで、亀梨さんがこうおっしゃったのです。
亀梨「観客のみなさんの意見はこういった感じということで・・・。今日はね、男性の方も観に来てくれているんで」
びっくりしました。というのも、別にこの場面は、観客の中に男性がいることを言う必要性がまったくないからです。それなのに、わざわざ言及してくれたことに、自分がどれだけ嬉しくて、そして安心したかは、きっとどんな言葉を並べたとしても伝わらないと思います。
まだ男性ハイフンの存在がそこまで多くなかったであろうころに、こうやってメンバーから言われたことで、改めて自信のようなものを持つことができました。男性ハイフンが番協にいても、ライブ会場にいても、いいんだっていう、当たり前のことを当たり前だと教えてくれたのは、亀梨さんでした。
なお、後で放送を確認したところ、このシーンはカットされていました。残念。
長々と書いて、何が言いたかったかというと、ハイフンに限らずですが、どんなものを好きになるにしても、そこに性別・世代・国籍はまったく関係ないということです。もし、たとえば「ジャニーズのライブに行く勇気がない」という男性がいたら、それはとてももったいないことです。誰も、あなたを変な目で見たりしません。というより、誰もあなたのことなんて見ませんw それくらいの気持ちでいいんです。好きなものははっきり好きと言える、そんな自分でこれからもいたいと思います。
KAT-TUNのファンになったきっかけ~KAT-TUNは月だと思った~
記念すべき(?)最初の記事なので、やっぱりKAT-TUNの話題から始めようかと。
ツイッターの文字数ではとても書ききれない、自分がハイフンになったきっかけをまず書いていこうと思います。
元々、いわゆるJ-POPが大好きで、アーティストのジャンルにとらわれず自分がいいと思うものを聴いて育ってきました。その中で、ジャニーズもよく聴いていました。
最初に好きになったのはTOKIO。時期は90年代後半だったかと思います。曲がいいのはもちろんなのですが、バンドスタイルという他とはちょっと違うスタイルに惹かれたところもあります。
また、メンバー全員が作詞も作曲もできる、その万能なところも魅力でした。当時、まだ中学生とか高校生で、そうそうCDをたくさんは買えないころでも、TOKIOに限ってはオリジナルアルバムも買っていたほどですから、まあかなりハマっていました。
上に書いたように、自分はややへそ曲がりなところ(よく言えば、個性を重視するところ)があります。王道も好きだけど、少しそこから道をそれたやり方、見せ方、届け方も好き。TOKIOがバンドスタイルという、ジャニーズっぽくない面を持っていたことが、好きになる大きな要因の一つであったということです。
そんな中、時は流れ2005年、KAT-TUNというグループの存在を初めて知りました。自分は中高とバレーボール部で、バレーはするのも観るのも大好きです。今思えば、これも素敵な偶然でした。KAT-TUNはこの年、グラチャンというバレーの大会の『応援プロデューサー』に就任しています。
初見の印象は、とにもかくにも「えっ、これがジャニーズ?」です。今でもはっきりと覚えています。それくらいの衝撃。誤解を恐れずにいえば、渋谷のホストの集団にしか見えませんでした。
ジャニーズといえば、イケメンという前提があって、さらに「さわやかで、やさしそうで、頼りになるお兄さん」のようなイメージ。それが王道だろうと。
しかし、画面の中にいるKAT-TUNは、髪は鮮やかな色に染まって、逆に衣装は暗い色を基調としていて、容姿はたしかにイケメンだけど、どことなく怖そうな雰囲気があって。パッと見ただけでも、世間一般が抱くジャニーズ像からはかけ離れていることに気づかされます。
でも、最初は驚いた自分も、すぐにその危うげな存在感に興味を持ちました。ジャニーズの王道が、みんなを照らす太陽であるとすれば、KAT-TUNはちょっと外れて、どこか影めいた部分も持つ月のよう。
さて、そうなると気になるのはKAT-TUNはどんな曲を歌うのかということ。CDデビュー日、自分は一目散に『Best of KAT-TUN』を買いに行きました。「デビューでいきなりベスト!?」と、のっけから驚かせてくれます。
1曲目の『SHE SAID...』を聴き終えたとき、これもはっきりと覚えているのですが「自分は一生、このグループについていく」って決心していました。それくらい、かっこよすぎたのです。壮大なイントロから、新たな世界の始まりを感じさせる田中さんの挑発的な語りかけ。シンプルながらも力強いサビ、厚みのある歌声。すべてが新鮮で、且つ圧巻でした。
2曲目以降もこの路線が続くのかと思えば『I LIKE IT』ではしっとりとハーモニーの美しさを奏で、『ハルカナ約束』ではこれぞジャニーズといったポップな一面をのぞかせて。この1枚のアルバムに、自分がこれまでジャニーズに対して見覚えのあった景色と、なかった景色が詰まっていました。
KAT-TUNというグループが秘める可能性の広さ。それをずっとこの目で見たい、耳で聞きたい、肌で感じたい。だから自分は、10年経った今になっても、ずっとハイフンでいました。時には悲しい出来事がありましたけど、それを含めての歴史。いつだって、今のKAT-TUNが一番いい。それを信じて、これからもハイフンを続けます。
さっき自分は、ジャニーズの王道を太陽、KAT-TUNを月に例えました。10年以上前、まだメンバーの名前も持ち歌も知らなかったころ、KAT-TUNに抱いた印象。
KAT-TUNがデビューライブの1曲目に歌ったのが『RED SUN』で、ハイフンがとても大事にしている曲の一つが『ツキノミチ』であることを知って、ああ自分の印象はあながち間違いでもなかったのかなと思うのは、ちょうど10年前の今ごろだったかもしれない。
そして、10年の時を経て、多くのハイフンがライブで悲鳴をあげたのが『MOON』。月が満ち欠けをするように、KAT-TUNという月は違う表情を、進化した姿を、いつも見せてくれる。きっと、これからも。